last updated 1997/06/14
第30話(全130話)
毛糸玉に運ばれる
8 毛糸玉に運ばれる
草原から乱暴に、半ば強制的に、ピートの意識体は再びマスターの中へ・・彼がまだ鉄の鎧
だと思っている機械の中へと・・引き戻された。
ハッと我に返った時、マスターは森の中を大の字になったまま移動していた。見ると、マス
ターの体の下に八つの毛糸玉があり、それがマスターの体を持ち上げてどこかへ運ぼうとして
いる。その毛糸玉はしかしこれも立派なこの星に住む生物で、ロッコと呼ばれていた。
ピートは自分をどこかへ運ぼうとしている生き物たちに驚き、手足をバタつかせて逃れよう
とする。けれど動けなかった。マスターの体はロッコたちが口から吐き出した粘着性の毛糸で
がんじがらめに縛られているのだった。さながら繭のように毛糸で全身を包まれたマスターは
、何の抵抗も出来ないまま、ただ黙々と転がっているロッコに運ばれて行く。
「何なんだよ! ぼくをいったいどこへ連れてく気なの?」
ピートはマスターの中から声を限りに叫ぶのだけど、マスターの外部スピーカーは幾重にも
ロッコたちの毛糸に覆われていて、くぐもった音がかすかに漏れるだけだ。
もっともちゃんと声が聞き取れたとしても、ロッコたちにはそれはただやかましいだけの雑
音でしかないだろう。ロッコたちはバッタの死骸を運ぶアリたちのように、整然と、そして何
か抜き差しならない大切な使命を帯びているのだと言わんばかりの真剣さで、黙々と歩を進め
て行く。
ピートは彼らのなすがままになっているよりほかになかった。もしロッコたちがピートを火
山の火口に投げ入れるつもりなら、身動きひとつできないまま、黙って投げ入れられるしかな
いだろう。もしロッコたちがピートを神の生贄に捧げようとしているのなら、やはりピートは
不本意ながらも神だかキングコングだかの餌食になるよりほか道はないはずだった。つまりピ
ートは相手がカラフルな毛糸玉だから緊迫感はまるでないものの、絶体絶命の状況下に置かれ
ているのだった。
こんなふうに自分には抵抗ひとつできないまま、運を天に任す事態に置かれる日がくるとは
予想もしていなかった。自分の命なんて、じつはいとも簡単に途切れてしまう可能性がいつだ
ってあるのだとわかる。ピートはそれを知り、生まれて初めて本物の恐怖と向き合った。
怖い。震えてしまう。
なのにピートを閉じ込めている鉄の鎧はピクリとも動いてくれない。
こんなに怯えているのに叫ぶことはおろか、震えることもできないなんて、何だかとても理
不尽だ。
ひどい。あんまりじゃないか。ピートは嘆く。
けれど機械からはブーンというかすかな電気音が漏れるだけだ。
ぼくはいったい何をしてるんだろう? もしこれが夢なんかじゃないのだとしたら、いった
い何の理由があって、ぼくはこんな場所へ放り込まれたんだろう。
もう何度も繰り返した問いを、ピートはまた心の中で叫んでいた。何度繰り返しても、もう
これが本当に命の最後かもしれないというのに、やはり答えはどこにもみつからない。
運命。文字通り、命を毛糸玉に運ばれるために、ぼくは生まれてきたのだろうか? とピー
トは思う。だとしたら、そういう命にいったいどんな意味があったんだろう? 意味のない生
などひとつもない、とピートは信じていた。どんな生命にも、それが生まれたことには必ずた
いせつな意味があるはずだった。役に立たない命などない。マリイアの童話はいつでも読者に
そう訴えていた。
なのに、じゃあぼくの命は? 毛糸玉のお化けみたいな、ヘンテコな生き物のなすがままに
なるために、ぼくは生まれてきたの?
問いかけてみた。
そして
答えはどこからも返ってこなかった。
(つづく)
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